「名残を惜しむ」日本文化を生きる Vol.8 代表 木下勝博

[スーツ生地の着物、通年使える名古屋帯 四季間道]


木下着物研究所 代表 の木下勝博です。
今回は「名残を惜しむ」というテーマを取り上げたいと思います。

9月も今日で終わり、明日からはいよいよ10月。鎌倉の山々を吹き抜ける風にもかすかな冷たさが混じり、日暮れの早さに秋の深まりをはっきりと感じる季節となりました。
着物の世界でも、 10月1日からは裏地のある「袷(あわせ)」へと衣替えを迎えます。少しずつ重ねる布の温もりが、心にも体にも心地よく感じられる頃です。昨今は温暖化の影響でまだ「袷」では暑いこともありますが、今年は例年よりも涼しいので早く「袷」の着物の袖を通せそうです。

さて、日本の伝統的なお茶の世界では、10月のことを「名残(なごり)の月」と呼びます。5月から半年間親しんできた「風炉(ふろ)」というお湯を沸かすしつらえがこの月で終わり、11月からは冬の設えである「炉(ろ)」へと切り替わります。つまり、10月は去りゆく季節と、半年間お世話になったお道具たちに別れを告げる、ひとつの大きな区切りの時期にあたるのです。

この名残の月には、あえて少し欠けたり、金継ぎで繕ったりしたお茶碗や、使い込まれて古びたお道具が好んで用いられます。また、お茶室に飾る花も、咲き誇る美しい花ではなく、秋の野にひっそりと咲く、少し枯れかけたような草花がいけられます。華やかさや傷のない完全な美しさではなく、朽ちていくもの、終わりゆくものの中にこそ深い情趣を見出す。これこそが、日本人が古くから大切にしてきた「侘び(わび)」の心であり、名残を惜しむという感性です。

現代の私たちの暮らしはどうでしょうか。社会は常に「より新しく、より早く、より完璧に」と前へ前へと進むことを求めます。新しいものが出れば古いものはすぐに手放され、季節も次から次へと消費されていくように感じられます。傷がついたり古くなったりしたものは、すぐに新しいものへと交換できる便利な世の中になりました。

しかし、すべてが新しく完璧なものばかりに囲まれていると、心はどこか窮屈になってしまうものです。使い込まれ、時に傷ついたものには、共に過ごしてきた時間の積み重ねがあり、手入れをして使い続けることでしか生まれない温かな美しさがあります。過ぎ去りゆく季節の余韻を味わい、役割を終えようとしているものに静かに感謝の眼差しを向ける。その「名残を惜しむ」という心のゆとりや余白が、現代の私たちには少し欠けているのかもしれません。

何かが終わっていくことは、決して寂しいだけのことではありません。それは、私たちが時間を共に丁寧に紡いできたという確かな証(あかし)でもあります。

秋の夜長、虫の音に静かに耳を傾けながら、過ぎ去った夏の情景や、長く愛用している身の回りのものたちに、そっと心を寄せてみてください。「名残を惜しむ」豊かな時間が、慌ただしい日常を生きる皆様の心を、優しく解きほぐしてくれることを願っております。


【バックナンバー】

「うつろいを愛しむ」 日本文化を生きる Vol.8
「涼を装う」『日本文化を生きる』Vol.7

「節目で立ち止まる」『日本文化を生きる』Vol.6
「雨を愉しむ」『日本文化を生きる』Vol.5
「伝統とは?」『日本文化を生きる』Vol.4 
「季節と生きる」『日本文化を生きる』Vol.3
「生活の中の和」『日本文化を生きる』Vol.2
「初めての体験」『日本文化を生きる』Vol.1