[こちらは「くらしのこよみ 友の会」に2022年5月30日に寄稿させて頂きました記事の転載になります]
気温の上昇と共に湿度も高い季節が訪れておりますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
鎌倉の古民家で毎日着物生活、木下着物研究所の木下勝博・紅子です。
鎌倉の拙宅の庭先には、昨年引っ越して来てから種を蒔いた紅花が咲き始めています。
暦では、二十四節気の小満。そして、七十二候では、まさに「紅花栄(べにばなさく)」。
お気づきの方も多いかも知れませんが、私共の妻の方、木下紅子の名前には紅の名前。実は旧姓は花田紅子と申しまして、まさに紅と花。そして、糸編つまり着物の仕事をしていることもあり、思い入れのとても深い花でもあります。
そんな事もあり、都内に住んでいた頃より猫の額のほどのベランダで少量の紅花を栽培しておりました。
そして、私の着物ブランドの名称が「紅衣 KURENAI」(紅の衣でくれないと読みます)。
くれない(くれなゐ)は昔から紅花を原料とした染料のこと。日本最古の染料の一つだとも言われています。その花に対して、そこから取れる染料がとても少ないことから太古より貴重な物として扱われて来ました。
昔ながらの伝統を生かしつつ、これから先の末長く続く現代の着物文化を提供したい、そんな思いもあり、ブランドの名前にしました。
昔は染料と言えば、近代になり化学染料が日本に輸入され始めるまで天然のものしかありませんでしたが、現代では着物に限らず、化学染料が全盛の時代になっています。
草木染めの美しい世界は、私共と同じ客員研究員の吉岡更紗さんのお父様の故・染司よしおか五代目吉岡幸雄さんの作品をイメージされる方が多いかも知れません。染料や染めのことについては、吉岡幸雄さんのご著書などにお任せするとしましょう。
https://www.sachio-yoshioka.com/
紫のゆかり 吉岡幸雄の色彩界
京都の染司よしおか主宰、吉岡幸雄(よしおかさちお)の公式サイト。吉岡幸雄は日本古来の植物染 (草木染め) により日本の伝統色を現代に蘇らせることに半生をかけてきた。源氏物語の色の再現、東大寺等の伝統行事、国宝修復にも貢献している、日本の染色家の第一人者。京都の染織史家、紫紅社代表
www.sachio-yoshioka.com
私共は天然染料にこだわった商いをしておりませんが、やはり自然の世界の美しさやそこから生まれてきた様々な副産物には、純粋に心躍ります。
特に昨年都内から鎌倉に越して来てからは、日常的に自然に触れる環境に移って来てからは、自分たちのアンテナも、今までとは違う周波数に合うようになって来たような気がします。 生活環境が変わると、必要だったり心地よい什器や器、調度品も変わって来ます。特に築90年以上の古民家に合わせて、自分たちの暮らしをチューニングしている、そんな感覚です。
毎日着物生活をしていますと、着物の日々の始末がとても大切です。
正絹(シルク)の着物は、脱ぐと少し風を通したら、早めに畳みタンスにしまいます。
現代ではドライクリーニング(石油系の溶剤で洗う方法)も発達しており、水洗いを嫌う着物もドライクリーニングができますが、洋服のように頻繁に洗うようなことはいたしません。
自身のものも汚れがあれば部分的な染み抜きをしますが、ドライクリーニングをするのは、数年に一度レベルです。特に良い着物になれば、なるべく洗いません。
一方、綿や麻、洗える素材の着物は自宅で洗います。これからの季節、汗が気になりますが、それでも洋服のような頻度では洗いません。
真夏の麻は頻度が増えますが、綿や綿麻素材を洗うのはシーズン中に1〜2度、多くて2〜3度くらいかも知れません。こちらも汗をかく部分を霧吹きなどをしながら、手ぬぐいで汗を拭い取る汗ぬきをすることで全体の洗濯を回数を減らすことで、着物の劣化スピードが遅くなります。
正絹(シルク)の着物は早めに畳んでしまう、と書きましたが、裏地のある袷の着物は長く吊っておくと、表地と裏地のバランスが変わってしまいます。
一方で普段着として頻繁に着ている木綿や綿麻、浴衣など裏地のない単衣の着物は衣紋掛け、つまり着物用ハンガーに掛けてあります(着用頻度の低いものは畳んでたんすにしまっています)。
最近は着物用ハンガーもプラスチック製のものも売ってはいますが、私共のように日常的に使用していると、劣化や強度を考えると長く保ちません(また、どうも古民家にはしっくり来ません)。
また、昔の竹製などの衣紋掛けもありますが、夫婦ともども裄(ゆき=袖の長さ)が長いこともあり、袖に跡がつきやすい事もあり、自分たちのサイズに合わせホームセンターで木製の丸棒を買ってきて、ヤスリで表面と端を削り自作しています。先日、衣紋掛けを久しぶりに新調しました。
ちなみに、衣紋とは一般的には衿のことを指します。最近の若い方は「衣紋掛け」という言葉を知らない方も増えて来ているかも知れませんね。一般的な洋服ハンガーは立体的な洋服を崩さないように保管するものなのに対して、着物はあくまで畳むもので、一時的に干しておくというためのものと考えられます。
衣紋掛けとは少し異なるものですが、源氏物語にも出てくる伏籠(ふせご)という衣服を被せておくカゴ状のものがあります。大きなカゴの上に着物を被せておき、着物にお香の薫りを焚き染める薫衣香(くのえこう)、薫物(たきもの)。
西洋の香水が直接体に付け、体臭を隠すことが元々の目的だったのに対し、お香は焚き染めたり、防虫香に代表されるようにタンスに入れ衣服に移したものを人がまといます。
和歌の世界ではロマンティックな文脈で語れることが多いものですが、その背景には昔から頻繁に洗濯ができないものだったり、カビ対策などのために、衣服も建物と同様に風を通すことの必要性が高く、そこ付随して発展したのが日本のお香なのではないかと思います。
ぜひ、くらしのこよみ友の会の皆さんの中にはお香に詳しい方もいらっしゃるかと思いますので、ぜひご教授頂けましたら幸いです。
[久しぶりに行った茶道のお稽古で頂いた紫陽花の菓子]
湿度の高い鎌倉の古民家生活は、これから様々な湿度対策が必要な季節です。また、機会がございましたら、そんなこともご紹介できたらと思います。
着物生活は長くなって来たものの、古民家生活はまだ初心者。先人たちの智恵を学びながら現代の知恵も生かしつつ、現代の着物生活は続きます。