先日のブログで「着物人口は増えているのか?」というブログを書きました。

この10年で着物を取り巻く環境も変化し、東京などの大都市を中心に以前よりも着物が着やすい状況が増えており、リアルに着て下さっている方は増えている実感があると書きました。

着物のことを考えるときに、浴衣からお洒落着から冠婚葬祭の着物まで全て一括りで議論されることが多いのですが、洋服の場合、Tシャツとタキシードが一緒に議論されることは少ないと思います。何をお伝えしたいかと言えば、”着物ということ自体”が現代人にとって特別なものであるということなのだと思います。

着物の市場規模はこの10年で半減していますが、実際に街中で着物を着ている方は多く感じる。それは、商業上で流通したり販売されている金額の総計と、実際にリアルに着用されているシーンが増えていることはそのまま=(イコール)ではないということだと思います。

私のように毎日着物生活をしているという方は現代においてはレアケースだとして。かつての「着物=冠婚葬祭の式服」というイメージが少しずつ変化し、近年は「ちょっとしたお出掛け着として着物を着ることがアリ」だという感覚が大都市を中心に浸透しつつあるのだと思います。

先日とある方とお話をしていて、こういうことを仰っていました。「数年前にawaiさんを知り、木下さんのブログを読んでいて感じたことはこの人は(着物業界の)”圏外の人”だと思いました。着物という商材は一緒でも、見ている世界が全く違うのだと思いました。」この方とは直接お会いしてからまだ数ヶ月しか経っていないのですが、とても的確な表現をされていると思いました。

着物の世界に仕事をして関わり始めた十数年前、とにかく感じた事は違和感です。率直に言って、なぜこの市場が成り立っているのか理解ができませんでした。商慣習や業界に関わる方々の興味の関心の方向性、どれをとってみてもそれまで私が様々な業界で経験したどれとも違いました。もちろん他の業界では忘れられていてこの世界に残っている良い部分もありましたが、業界構造としては世の中に取り残されていることは間違いありません。そして、現在では業界構造はもちろんのこと、大切にしたい部分も含めて様々なことの継承が困難な段階まで来ています。

誤解を恐れずに言いましょう。着物という文化には可能性や未来はあっても、旧来型の業界構造は制度疲労を通り越して業界全体が沈没寸前のところまで来ています。水面下では様々な動きがありながらも、残念ながら流通も産地も過去の成功体験から脱皮することがまだできていません。

諸事情から私が独立するという噂は、一部の方には本人の知らぬところでかなり早い段階から広がって行ったようです。すると、面白い現象が起こりました。「これから木下さんはどうするの?」と質問があった後に、様々な方が今までは言って頂けなかった本音をポロッと言って頂くことが増えました。複雑に絡まっている利害関係の中で常に様子を見ている習慣のある方々が、個人としての想いを仰って頂けるようにはなり、業界の中にいる方々が何を考えているのか以前よりは分かるようになりましたが、そこからの一歩を踏み出す行動を起こせる方は本当に少ないというのが実感です。

着物を生業にしている方々の多くがどこに向かっていいのか不安を抱えています。全国の作り手、産地の方々も高齢化で待ったなしの状態であっても同時に出口も探してゆかねばならない。一方で、メディアに着物を含める様々な和が氾濫し始め、着物に関心のある一般消費者は増えておりおり、”本当の情報”を探しています。この両者のギャップは何を表しているのでしょうか?

 

先日、リニューアルオープンしました座三越7階の「サロンドきもの」ですが、リニューアル前と比べて様々な良い変化が起こっています。プロデュースのお手伝いさせて頂いた者としては嬉しい気持ちはありますが、今後それがどう定着してゆくかをしっかり見極めてゆかねばならないと考えています。

今まで「着物業界の圏外」で着物を取り組んで来た者として、「着物業界の圏外」に新しい市場を作る支援をすることで少しでも着物業界に恩返しできるよう微力ながら努めてゆきたいと思う日々です。

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