先日、築地のうおがし銘茶さんの「茶の実倶楽部にて、現在は静岡文化芸術大学学長/国立民俗博物館名誉教授の熊倉功夫さんの講演があり伺って来ました。

熊倉功夫さんと言えば、歴史学者で茶道関係を始め日本の食や文化に関する著書も多数でご存知の方も多いことでしょう。私自身もご著書は何冊か拝読させて頂いていますが、今回はうおがし銘茶さんで直接お話をお伺いできるとお聞きし、喜んで参加して来ました。

テーマは「「食」の作法と「茶」の作法」。平日の日中ということもあり参加者の大半は少し年代が上の女性が中心で、私くらいの年代の男性(しかも着物姿)は私くらいだったと思います。

さて、講演の軸は「食」の作法つまりマナーを「風俗」として考えてみるというお話しでした。
「風俗」を数日から数年スパンの短期間で変わる「流行」と、変化するスパンが長い「民俗(フォークロア)」の間であると位置づけ、「風俗」は50年スパンぐらいで変化することと定義されています。

お話の中でも強調されていたのは「伝統文化と言うと変化しないことのように思われることが多いが実はそんなことはない。欧州などと比べると、日本人ほど古いものごとを簡単に捨てる民俗はいない・・・特に生活の年中行事などは良い例。お正月よりもクリスマスが重要になり、いずれはハロウィンが一番重要になるかも知れない(笑)。」と。
分かりやすい言葉や例を挙げながらウィットに富んだお話は先生のお人柄が伝わって来ます。

私が個人的に興味深かったお話が、「食卓」のお話でした。

「世界的に見ても日本程、食卓が変化した国は少ない。
1)江戸から大正くらいまでの箱膳、2)昭和の卓袱台(ちゃぶだい)、3)ダイニングテーブルの3段階に変化して来た。
箱膳やそれ以前の銘々膳のようにそれぞれの一人ずつのお膳が日本では千数百年続いた。昭和に卓袱台が登場しこれは数十年でダイニングテーブルへ変化した。箱膳や銘々膳の時代は、家族は大家族だったため一堂には食事は難しく準備ができた者から食事した。
昭和になり卓袱台を囲んで家長である父親を中心に食卓を囲むようになる。一斉に食べるために「いただきます」や「ご馳走様」の号令が必要となる。また、食事の時間は黙って食し父親の話しを聞かねばならない。食卓は躾の時間でもあった。
ダイニングテーブルの時代になると父親達は会社から帰って来ないので、母親と子供達だけになり、家族はしゃべり出し、加えてTVもしゃべりだす。1→2→3と段階を経てゆく中で食事の作法がなくなって行っている・・・」

とても平易な言葉でお話をしながらも、社会的な歴史背景に触れながら日本人の”食卓”生活の変化をとても分かりやすくご説明下さいました。時折「こう言われていますが、実は嘘です!」なんていうお話がち出て来て、伝統文化の世界に良くある”嘘”にとても関心の高い私としては、大変興味深いご講演でした。

終了後に熊倉先生がお帰りになる際に「今日は着物なんですね」と話し掛けてくださったので、毎日着物生活であることをご説明し、着物生活だと洋式の生活空間が大変不便なため日本家屋で生活しているとお話すると、大変興味を持たれていました。

伝統文化に触れることの多い生活をするようになると、二つの意味で違和感を感じます。ひとつは、残念ながらいまの時代にはマッチしていない”時代遅れ”であることに関する違和感。もうひとつは、その”時代遅れ”のモノゴトがそれ以前もずっと昔からそうであったかのように捉えられてしまっており、本来であれば自然に時代に合わせて進化するであろうことを、頑張って”時代遅れ”を維持しようとしてしまっている違和感です。

熊倉先生の言葉を借りれば「どの民俗よりも古いものを捨てて来た」我々は、そろそろ日本人らしく”時代遅れ”を捨てて、それ以前から長く続く歴史からの系譜に戻ってみると良いのかも知れません。
時代によって変わる「流行」としての常識には柔軟に変化を受け入れ、「風俗」としての生活の作法を先人から学び、「民俗」として深層にあるコアの軸(=身体で言えば丹田)を鍛え直す、そんな時期を迎えているように思います。

大変貴重な機会を提供して下さったうおがし銘茶さんとご紹介くださった書家の中澤希水さんに感謝です。

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